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前橋地方裁判所高崎支部 平成11年(ワ)151号 判決 2000年7月11日

群馬県高崎市上並榎町四五四番地一

原告

日本微生物化学株式会社

右代表者代表取締役

嶺岸令久

右訴訟代理人弁護士

松本速雄

東京都港区芝浦三丁目六番一八号

被告

株式会社西原環境衛生研究所

右代表者代表取締役

安藤茂

右訴訟代理人弁護士

武田正彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

請求の趣旨及び原因は、別紙のとおりである。

請求原因第三によれば、原告が本件で請求している債務不履行に基づく損害賠償金は、請求原因第二記載の覚書に表示された約定(以下「本件約定」という)によって、原告が被告から取得しうる技術料を取得していないことによる損害金と理解することができる。ところが、請求原因第二の二2によれば、本件約定によって、「被告は原告に売上金額に応じた技術料を支払う」ものの、「右技術料の詳細は、原告被告協議して定める」こととしたにとどまり、さらに、請求原因第二の三によれば、その協議は、未だ合意に達してはいない。そうすると、本件約定にしたがって原告が被告に対し請求しうる技術料債権は、その本質的要素である金額が未定であるから、裁判上請求しうるような具体的権利ということはできない(売買契約の代金額についても同様に解すべきことは、司法研修所編『民事訴訟における要件事実第一巻』〔法曹会刊〕一四〇頁のとおりである。本件約定のうち前記技術料に関する部分は、契約の成立に至る途上にある)。そうすると、たとえ被告が前記協議に応じず、その結果、原告が前記技術料を取得することができないとしても、原告は元来具体的な技術料債権を有しない以上、原告には具体的な損害が生じているということはできない。よって、その余の点について審理・判断するまでもなく、本件請求は、理由がない。

(裁判官 井上薫)

請求の趣旨

一、被告は原告に対し、金五000万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで、年五パーセントの割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

第一、原告会社が「酵母による廃水処理等」を研究開発した経緯

一、昭和六0年四月頃、原告代表者嶺岸は、被告会社の研究員であった千種氏と知り合ったが、約一ヵ月後の昭和六0年五月初旬ころ、嶺岸は、被告会社を訪れ、前記千種氏と話しをしたとき、嶺岸は、バイオマスの観点から「酵母による廃水処理」を千種氏に提案したが、千種氏も同じ考えで昭和五五年頃、酵母による廃水処理の開発を被告会社に提案したことがあるが、会社の上司や役員全員とも開発の必要は無い、活性汚泥法による廃水処理で十分であるとの事で、被告会社では、酵母による廃水処理の開発は却下されてれてしまったとの話しを聞いた。

そして、右干種氏は、被告会社では開発できない(却下されているので)から、原告会社で研究開発してして欲しいと言う個人的意見を述べた。

二、原告会社の嶺岸は、自ら費用を負担し、自らのアイデアと酵母菌を使用して、

1.昭和六0年五月初旬から、五0mlのフラスコ実験を始め、日曜、祭日を返上し、「酵母の凝集性と処理性」の両面から連日、スクリーニングし、同年八月頃には、合成培地を使用したフラスコでの酵母の凝集性と処理性が確認された。

2.同年九月頃から、八.八リットルのモデルプラントでの連続実験を炭水化物系合成培地を作成し、実験をしていた。

3.同年一0月頃からは、一0リットルのタンクで実験をし、酵母による廃水処理は、この段階で可能なことが判明し、処理方法が確立した。

4.同年一一月頃、嶺岸は、被告会社を訪れ、同社の早川専務(当時)に、前記実験成果である、酵母の顕微鏡写真を呈示した。

その後、すぐに、早川専務から原告会社の代表者嶺岸に電話連絡かあり、「酵母処理とその有効利用で農水省の補助事業に参加したい。ついては、原告会社の協力を得たい。原告会社には決して悪いようにはしない。」と要請された。

そして、原告は、被告会社を信頼し、自ら研究開発してきた技術を被告と共同して実用化しようと考え、被告との間で次のとおりの「覚書」を締結した。

第二、「覚書」の締結と被告の債務不履行

一、原告と被告とは、酵母を利用して行う廃水処理プロセスならびに本プロセスから生産される菌体を原料とした製品について、昭和六一年三月一日「覚書」が締結された。次いで、平成三年三月一日、同じ内容の「覚書」が締結された。

(当初の覚書は、被告本社五階の専務室で、被告会社の早川、清水、大久保、千種、及び原告代表者嶺岸の五名立会で作成された)

二、「覚書」によると、

1.第一条(目的)本開発の実用化を目的として共同で本開発を行う。

2.第六条(成果の実施)

(1) 本プロセス実施のために使用される装置の製作と販売またはリースは被告が行う。この場合、被告は原告に売上金額に応じた技術料を支払う。

(2) 被告が販売またはリースした本装置から生産される菌体を原料とした製品の製造および販売は原告が行う。この場合、原告は被告に売上金額に応じた技術料を支払う。

(3) 右技術料の詳細は、原告被告協議して定める。

(4) 成果の実施について、定めない事項については、(1)(2)の主旨にのっとり、原告被告協議のうえ決定する。

と定められた。

3.そして、更に、研究が続けられ、原告会社では、八.八リットルのモデルで実験が続き、同モデルでの夥しいデータを得て、更に、二00リットルでのデータ(処理性沈降性、脱水性その他)も得て、そのデータを基に被告は、一日、一トンの廃水処理実験へと発展させていき、平成元年一二月、現実に実用化し、稼働した(天野実業株式会社で導入)のである。

その後、被告会社は、原告の研究成果を利用しながら、活性汚泥法による廃水処理から徐々に酵母による廃水処理法に転換しながら成長し、「酵母の西原」と言われるまでに発展した。

被告会社の発展は、原告会社の代表者である嶺岸の実験、研究、データーに基づくものである。

4.即ち、活性汚泥法は、油脂の分解ができず、処理能力が低く、汚泥の脱水性が悪いのに反し、酵母処理法は、イニシャルコストは高いが、ランニングコストが安く、油脂の分解が可能で、処理能力が高く、脱水性が高く、特に遠心脱水が可能であると言う利点を有するのである。

5.なお、本件研究成果は、画期的なものであり、次のとおり「特許」を有する。

(1) 廃水による酵母の培養方法(特許公報、平成三―五六七一五、登録二一二六六三四、平成九年一月二八日)

発明者 千種薫 嶺岸令久

出願人 原告 被告

(2) 廃水による酵母の培養方法(特許公報、平成四―四八六七、登録一七二一八八五、平成四年一二月二四日)

発明者 千種薫 嶺岸令久

出願人 原告 被告

(3) 脂質含有排水の処理方法(公開特許公報、平成三―二七五一九五)

発明者 千種薫 山本菜穂子 嶺岸令久

出願人 原告 被告

(4) 食品工業廃水処理法(特許公報、平成六―二九二八九八、登録二五五九三0七 平成八年九月五日)

出願人 原告 被告

発明者 千種薫 矢口淳一 嶺岸令久

三、被告会社は、原告会社の再三の請求(前記覚書の期限延長の覚書の作成、技術料支払の協議、決定した技術料の支払)にもかかわらず、前記「覚書」の期限延長による「覚書」の作成を拒否し、原告に支払うべき技術料の協議もせず、技術料の支払もしない。

これは、前記「覚書」で定められた、技術料支払の協議、その結果、決定した技術料を支払うと言う被告の債務につき、被告は、その履行を拒否しているのであるから、故意又は過失により、債務不履行をしていることとなり、その結果、原告に次のとおりの損害を与えたので、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権を有するのである。

第三、損害について

一、被告会社の売上

原告が調査したところによると、被告会社は、酵母による廃水処理で平成六年度頃から売上を伸ばした(なお、詳細は後に明らかにする)。

1.平成六年度 売上 約五億円程度

2.平成七年度 売上 約二0億円程度

3.平成八年度 売上 約四0億円程度

4.平成九年度 売上 約六0億円程度

5.平成一〇年度 売上 約三0億円程度

合計売上高 約一五五億円程度

二、原告会社の「技術料」

原告会社が被告会社から受けるべき技術料は、通常、売上の五パーセント程度が相当であるところ、取り敢えず、五パーセントの率を採用して、前記一項記載の売上高金一五五億円の五パーセントで計算すると、技術料は、金七億七五00万円となる。

被告は、原告に対し、前記「覚書」で定められた、技術料支払の協議、その結果、決定した技術料を支払うと言う債務につき、被告は、その履行を拒否しているため原告は、前記技術料金七億七五00万円の損害を受けている。

第四、よって、原告は被告に対し、前記損害金七億七五00万円のうち、一部請求として債務不履行に基づく損害賠償として、金五000万円の請求と本訴状送達の日の翌日から、年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

右は正本である。

平成12年7月11日

前橋地方裁判所高崎支部

裁判所書記官 高橋啓太

<省略>

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